エイズ(AIDS/HIV)

エイズ(HIV/AIDS)

HIVとは人の免疫細胞に感染するヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus)の略です。感染が進行すると免疫細胞の大半が破壊されてしまい、最終的にはエイズ(AIDS-Acquired Immune Deficiency Syndrome:後天性免疫不全症候群)を発症します。

エイズ発症とは免疫機能の低下に伴う人体の常在菌による日和見感染症の発症か、免疫細胞(CD4)測定数が200個/mm3以下になった時点のことであり、HIVが直接エイズを発症させるウイルスではありません。

実際にHIVに感染してもエイズを発症しない患者もあり、短絡的に「HIV=エイズウイルス」と理解するのは誤りであるとされています。

HIVには全世界HIV-1とHIV-2という二つのタイプがあります。両方とも性感染、血液感染、母子感染によって感染し、感染が進行するとエイズを発症します。

世界中で感染が広まっているのはHIV-1であり、通常HIVというとHIV-1を意味します。HIV-2は西アフリカで集中して発見されており、その他の地域ではほとんど発見されていません。

またHIV-2はHIV-1と比較して感染しにくく、進行も遅いと言われています。

しかし感染者数が少ないことなどからHIV-2については未知な部分も多く、HIV-1と異なり有効な治療法も現時点では見つけられていません。

厚生労働省エイズ動向委員会の発表によると、2009年のHIV感染者数は1,021人、エイズ患者は431人と報告されています。

これは感染者数を一日単位に置き換えると、1日3-4人の人が感染しているという計算になります。

しかし、HIV感染は検査を受けて初めて判明するケースがほとんどであることから実際の感染者数は報告以上に多いと考えられています。

国連エイズ合同計画による2009年のHIV感染者数は約33,300,000人と推定され、そのうち2008年に新たに感染した人は約2,600,000人と報告されています。

 

◆感染経路◆

性行為:

感染者の体液(精液、血液、膣分泌液、母乳が)が非感染者の性器、口内、直腸の粘膜に接触した場合。 感染のほとんどが性行為によるものです。

血液感染:

感染者の血液が非感染者の傷口や粘膜へ接触したり、麻薬や覚せい剤注射器の使い回しや輸血、血液凝固因子製剤輸注、及び針刺し事故などで血管内に入った場合。

母子感染:

胎盤感染、産道感染、母乳感染などで母親から胎児、或いは新生児に感染する場合。

**HIVは血液、精液、膣分泌液、腸液、母乳といった体液に多く存在し、唾液、尿、汗、涙などには感染を起こせない極微量にしか存在していません。
そのため手や便器への接触、食器やタオルやハンカチの共有、お風呂やプールなどの通常の日常生活の中で感染することはありません。

 

◆HIVの進行と症状◆

HIV感染は長い潜伏期間の間にゆっくりと進行します。感染後は大きく分けて急性期といわれる初期感染、無症候期、エイズ発病期の3段階に分類されます。

1: 初期感染(急性期):

感染の数週間後(約2-4週後)に発熱、頭痛、筋肉・関節痛、及び発疹、下痢、リンパ腫の腫れといった風邪に似た症状が現れ、数日間続きます。

感染者の70%程がこのような症状を経験すると言われていますが、中には症状の出ない場合もあると言われています。

感染後約3-5日にHIVはリンパ節に移行して増殖し、新しいウイルスの粒子を血液中に放出します。このような急速なウイルスの増殖は約2ヵ月間続くと言われ、この期間中に血液は高いウイルス濃度を示すといわれています。

しかし初期感染期にHIV抗体検査をして結果がネガティブ(陰性)の場合もあります。

これは検査反応を示すHIV抗体が形成されるのに1-3か月という長い期間が必要であるためです。
(この抗体が形成されるまでの期間をウインドウピリオドといい、この時期に抗体検査をしても正式な結果が現れない場合があります。)

2: 無症候期:

全く症状の出ない期間です。

この期間には個人差がありますが、通常5-10年ほどと言われています。

唯一の症状としてリンパ節の腫れがみられることもあります。

見た目には健康に見えますが、この間にもHIVが増殖し、免疫細胞の破壊が続いています。

 


※免疫細胞とHIV

通常人間の体内に侵入したウイルスのような病原体は人体の免疫機能によって攻撃、排除されます。
この免疫機能を担う免疫細胞の主体が単球、リンパ球、そして顆粒球で構成されている白血球です。
外部からウイルスやその他の病原体が侵入すると、まず単球マクロファージ(貪食細胞)や顆粒球の好中球などがウイルスそのものを自分の体内に取り込んで破壊します。
これは人間に生まれつき備わっている非特異免疫と呼ばれる機能のひとつで、免疫細胞が自己以外の異物を全て破壊する自己防衛能力となります。

非特異免疫では破壊しきれないウイルスや病原体が体内に侵入した場合、「侵入者破壊不可能」の情報がマクロファージや樹状細胞によってリンパ球のT細胞に伝達されます(抗原提示)。
T細胞には抗原提示情報を受け取り免疫機能を稼働させるヘルパーT細胞、ヘルパーT細胞からの指示を受け取り抗原を攻撃するキラーT細胞、そして免疫機能の過剰な稼働を抑制するサプレッサーT細胞があります。
抗原提示がなされると、まずヘルパーT細胞がその情報を受け、侵入者への攻撃指令をキラーT細胞に発信すると同時に、その侵入者に対する抗体の生成をリンパ球のB細胞という細胞に指示します。
またこのヘルパーT細胞は体内の免疫機能を活性させるサイトカインと呼ばれるたんぱく質を発生させ、免疫機能をフル稼働させます。
このようなT細胞の機能によって、非特異免疫では防御しきれない病原体やウイルスに対する新しい免疫機能(特異免疫、又は獲得免疫)が発達させられ、再度の感染時に免疫システムが素早く稼働させられることになります。

特異免疫が作用するには、ヘルパーT細胞が侵入してきたウイルスや病原体を認識しなくてはなりません。
ヘルパーT細胞にはCD4(Cluster of Differentiation)という情報伝達補助分子があり、マクロファージや樹状細胞によって提示された抗原分子に結合することによって侵入してきたウイルスなどを認識、つまり抗原提示情報を受け取ります。
ところがこのCD4の結合部はHIV表面のgp120といわれる糖たんぱく質にもぴったりと符合するため、HIVのヘルパーT細胞への結合、侵入部ともなってしまいます。
ヘルパーT細胞は特異免疫における司令官のような働きをする細胞ですが、この細胞がHIVに感染し、破壊されることによりその機能が無力化されてしまいます。
つまりキラー細胞へのウイルス/病原体攻撃の指示やB細胞による抗体の生成などの自己防衛能力が維持されなくなるため、免疫機能が低下し、通常では簡単に破壊することができるウイルスや病原体にも感染してしまい、最終的にはエイズを発症してしまいます。


 

3: エイズ発症期:
HIVによって免疫細胞が破壊され、免疫機能が低下するとまず下痢が続いたり、多量の寝汗、体重の減少などが起こります。

続いて慢性的な口腔及び性器カンジタ、口内や性器のヘルペス性水疱の頻発、発熱や下痢の継続、大幅な体重の減少等がみられます。

さらに感染が進むと、通常では発病することのない細菌、ウイルス、カビなどの病原体による病気の発病(日和見感染症)や、悪性腫瘍、神経障害などさまざまな合併症を引き起こすことになります。

◆HIVの治療薬◆

現在のところ体内に侵入したHIVウイルスを排除し、HIVを完治させる治療薬は存在しません。

しかしながら、HIVウイルスの増殖の各過程に干渉し、その増殖のスピードを抑えることによってエイズの発症を抑制する薬が次々と開発されています。

現在、HIV治療に用いられているのはヌクレオシド類似体逆転写酵素阻害薬、非ヌクレオシド類似体逆転酵素阻害薬、プロテアーゼ阻害薬と呼ばれる3種類です。

ヌクレオシド、非ヌクレオシド逆転写酵素阻害薬は、HIVウイルスのDNAを形成する役割を持っている酵素の作用を阻害することによって、ウイルスの遺伝子を含んだDNAが感染された細胞のDNAに組み込まれる事を阻害し、その増殖作用を抑制するものです。

プロアテーゼ阻害薬は、新しいウイルスの形成に欠かせないたんぱく質を作り上げる酵素の働きを阻害し、不完全なウイルスを作り上げさせることによってその増殖作用を抑えるというものです。

しかし、HIVウイルスは短期間のうちに薬剤に対する耐性をつけるという性質があるため、現在では2-3種類の薬剤を組み合わせて投与するHAART(Highly Active anti-retrovial therapy)療法(或いはカクテル療法)が用いられています。

HAART療法(カクテル療法)は、薬剤同士の相乗作用による効力の増強と、薬剤耐性を起こりにくくするという作用が期待できることから、現在HIV治療において主流を占めている治療法です。